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「46番目の密室」文庫版で綾辻行人が解説をしてまして、自分(=綾辻さん)と有栖川さんが似ている…と書いていらっしゃいます。確かにデビューまでのアウトラインがよく似ている。それにテレビのお仕事等々よくごいっしょしてらっしゃるようで、なんとなく仲もよさそうです。そしてデビュー作の「十角館」と「月光ゲーム」が大学生サークルたちのクローズドサークルものとゆーことで、その辺も並べられることが多い気がします。
でも私にとっては、少なくとも十角館と月光ゲームに関して言えば、逆に道具立てが似ている分、違いが際立つ、という関係にあります。作品から受ける印象が全然違うもので。いちばん違うのは登場人物の造形です。綾辻さんのキャラクターは全体に舞台上の登場人物のようなのですが有栖川さんのキャラクターは日常に根ざしている感じ(どっちがいいとか悪いとかじゃないです。どっちも好きだから)
でも日常に根ざしている分、登場シーン等のぱっと人目を引くような華やかさには欠けている、とは思います。「幽玄たる美少女」とか出てこないし。おかげで月光ゲームのクローズドサークル内の17人が覚えられん…という人もけっこういるみたいですね(笑)。私も地味だなぁとは思いました。それは多分有栖川さん自身が地に足のついたものを好むところがあるのでしょうか。たとえば月光ゲームに「ルナ」と呼ばれる月に憑かれたような女の子が出てきます。中盤辺りでは本当に「月に憑かれてますなぁ」としか表現しようのない会話をするシーンがあるのですが…そんな女の子でさえ、有栖川さんは幽玄たる美少女とは表現しないんですよね。どうしてこれ「美少女」ではいけないのかなって思うぐらいの設定だけど、あくまでそういう表現はしないんですよね(笑)。フツウの女の子です。有栖川さんのセンスの問題なのでしょうか?
その理由はわかりませんけど、とりあえず目に付く派手な記号を排除している有栖川作品なので、人物を立ち上げていくのはひたすら描写と会話で行うことになります。そして、その描写を行うのが作者と同名の語り手「有栖川有栖」です。この語り手のアリスの視線はとても素直でまっすぐです。有栖川さんの魅力ってのは、この語り手アリスの視線によるところは大きいと思うのです。
ミステリーでは語り手は謎を解く鍵になる事実を明示していかなくてはいけないので、一人称でもあんまり主観的感情的な話は普通入ってきません。けれど、月光ゲームでアリスはのっけから一目惚れしちゃった女の子のことやら、17人のことを普通の視線で語りつづけます。嫌いな人がいたら普通にむっとしてたり、その辺がすごく素直。ミステリー的には余計なことといえば余計なことなんですね。アリスが誰に好感を持っていて誰に嫌悪感を持っているかなんて。でもその辺、アリスは素直に全部書いてしまって、しかもそれがミステリーの結末に全部がつながっていくわけではない(ときどきはつながる。動機とか。でもアリスはそんなに超人的な人間観察力を持っているわけじゃないので(笑)「言われてみればそれっぽいことをアリスが思っていたな…」ぐらい)。ただそれぞれのキャラクターの性格が、そしてアリスの姿がよく見えてくるだけです。
でも、それが他のミステリーにはない体温みたいなのを感じる要因になっていると思うんですよね。アリスと気の合わない人はいらいらするだけだとは思うんですが(笑)私にとってはこの体温が、とても有栖川作品を好む理由のひとつです。とても貴重だと思います。
有栖川作品は、江神二郎が探偵役の「学生アリス」シリーズと、火村英生が探偵役の「作家アリス」シリーズがあります。キャラ人気としては火村が圧倒的ですが、作品としては学生アリスのほうが評価が高い場合が多いです。これは、語り手アリスの立ち位置が、「作家」であるよりも「学生」であることで、その素直さがとても生きてくるからだと思うんですよね。月光ゲームがいちばん顕著ですが、「学生アリス」シリーズは青春小説としての体裁も持っています。その体裁とアリスの視線がすごくうまく噛み合っている。だから全体のまとまりがよくなっている感じがあります。
作家アリスも学生アリスと同じぐらい、視線は素直です。ただ、今もって、その素直さを生かしきれる作品が学生アリスと違って生まれていないような気がします。作家アリスは職業推理作家です。そして探偵の火村も職業的に事件に関わってます。フィールドワークですからね。その分、事件に対してちょっと切実さが少ない部分があるんですよね、学生アリスより。だからアリスの素直な視点が、学生アリスシリーズよりも無駄っぽく見える気がする。ときどきはっとするシーンはあるんですけどね。「朱色の研究」で犯人の動機を理解するところとか、あと「どうして人が死ぬ話を書くのか」とか、すごくよかったと思います。でもそれが全体に及ぶ作品がまだないと思うんですよね…。
多分、火村助教授の過去に直接触れるとき、作家アリスの話はすごく切実になるんじゃないかという気がします。そのときには、そのまっすぐな視線がすごく生きてくる気がするので、できればさらっと流さないで、ちゃんと書いてほしいですよね。火村の過去。
実は私的にそうとう思い入れの強い作家さんらしくほとんどハードカバーを買わない私としてはいちばん多くハードカバーを持っている作家です。おまけにハードカバーで持っている作品もその後文庫版で買ったりして、2冊ずつある本も多かったり。読み返すほどに、アリスの素直な視線が語る雑感めいた文章が、実はいろんなものを含んでいて味が出てくる。読めば読むほど、江神さんの悲しさや、火村の秘めた切実さ、犯人のつらさ、そういうのがじわじわと出てくる、そういう感じです。
そんなこんなで、とても、好きなんですよねぇ…有栖川…<って結論はそれかい(笑)。
2001.8.12