■books
私は京極は順序よく読んでいったんですが、実は大はまりする原因になったのは「姑獲鳥」よりも「魍魎」です。
「姑獲鳥」は一週間以上かけて、たらたら読んでいってて、最後を読んだのはなんとイベント会場で寝不足の朦朧とする頭ででした。なんでそんなに時間がかかってしまったのかというと、例の京極理論だのが「こんなのなんの意味があるだね?」という気分だったのと、それが本当にちゃんと結末で集約するとは思えなかったからだと思います。信用がなかったというか(笑)。
「魍魎」は最初から期待もあったし、こいつは最後のどんでん返しを決めてくる作家だという信用もあったので、ちゃきちゃき読みました。で、ちゃきちゃき読んだら大はまりしましたね。
どこに大はまりしたのか…やっぱり久保でしょうか。彼の闇の巨大さでしょうかね。京極の登場人物って多かれ少なかれ、闇を抱えてるんですけど、それが表出した部分っていうのは全然リアルではないのだけれど(間違っても久保のようなことをやる人は多くはいまい)、闇そのものはすごくリアルですよね。「みっしり」という言葉はよく冗談にされるけれども、実はすごくぞっとするような闇の存在をアピールしてると思います。
関口君の地の文で「我々は蒐集者なのだ」とかいう部分がありましたが、その我々って多分読者も入ってますよね。そういうところ、すごく上手いっつーか、やっぱり京極は只者じゃないなぁと思うです。
「魍魎」を読んでいるとほとほと京極の力に感服させられるっていうのがあります。変な言い方ですが、「姑獲鳥」の構造ならまだすんごく考えて考えて辻褄をつけていけば、なんとか制御できるかなって気がするんですよ。いや、実際に私ができるかじゃなくって、頭で整理ができる範疇って気がするので、考え込んで整理していけば……この構成もたてられる気がするっていう印象なんですね(いや、それだってすげー力技だと思うんですが)。んで、そういうものだから、努力家が頑張って偶発的にこういう見事な構成を立てることができたっていう可能性もあるレベルだと思うんですよ。
でもねぇ、「魍魎」の構成って偶発とかありえないですわね。この構成を制御できる力って本当怖いですよ、私は。しかもそれを二発も連発でかましてきたわけだから、京極にとっては、決して全精力を振り絞った結果でもないし(笑)。本当怖いですね。京極ってやっぱり化け物なんだなと思います(笑)。
もひとつ、「魍魎」ってミステリーなのか?よくわかんないですよね。「姑獲鳥」に関してはミステリーとして綾辻と並べてみたりしたけれども、「魍魎」の場合、無意味って気がしますよねぇ。碁盤の外側に碁を置いたのが「姑獲鳥」なら、碁盤を元よりなかったことにしたのが「魍魎」だったりして(笑)。実際加奈子ちゃん殺人未遂が頼子の仕業だったりする辺り、最初からミステリーとしての範疇を考えてないって気がしますよね。でも別にミステリーだろうがミステリーでなかろうが、面白ければ私には関係ないんですが。
最後にしょーもない話を。久保のほうが気に入っている分、美馬坂教授はけっこう忘れがちです。彼も最後闇を表出してしまったんですが…なんかこう、久保のみっしりの印象が強すぎて。でも彼の存在は微妙に私の中で重要。何故かというに、彼の行動を見た京極堂が悔しそうな顔をしていたらしいからです(笑)。
今、私は完璧京極堂にイカレてるんですが、そのきっかけがこのシーンです。もともと探偵にはまる私のこと、はまるなら間違いなく京極堂であって当然なんですが、「姑獲鳥」のときはそうでもなかったんですね。でも、このシーンを見た瞬間に、なにやらチラリと萌えてしまった(笑)。
木場さん好きの友人が「京極堂は強すぎてあんまり好きじゃない」と言ったんですよね。それはなんとなくわかる。でも私はここで反論します(笑)。たしかに京極堂は強い。けれども強い人がふとした瞬間に見せる弱さこそ、とても萌えるじゃないか! その、京極堂の傷か弱さか何やらよくわかりませんが、そういうものの存在を、関口くんが見るところの「悔しいのだろう」に私は勝手に垣間見てしまいました(爆)。
この時点では私はこっそり「京極堂って実はおいしいのでは…」と思い始めてはいたものの、「関口くん可愛い」と言う相方に告げるほどの勇気は持てず、一人内心に秘めておりました。が、こののち、だんだん確信に変わっていき、ついには当の原作で相方をも巻き込むほどの決定打が出ます。
が、その話はまたのちに(笑)。
2000.11.3