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京極夏彦「鉄鼠の檻」

私は京極はこの鉄鼠から、リアルタイムで読むようになりました。確かもくもくと、空いている時間はひたすらひたすら読みつづけたけど、それでも3日かかったです(笑)。

私の京極一押しは、衝撃とか思い入れという点では魍魎になりますが、いちばん「すごい話だなぁ」と感服しているのはこの鉄鼠かもしれません。魍魎や狂骨の圧倒的な構成力でぐいぐいと読ませる話とはまた違う力があります、この話。実際事件の構成が入り乱れまくっていた前ニ作に対して、事件自体がシンプルですし。

これまでは京極が薀蓄をたれていたので、関口いわく「するりと入りこんでくるようなわかりやすさ」があったわけですが、今回は禅僧がこれでもかと禅の説明をしてくれるし、用語自体が難解だから読んでぱっと理解できるような話ではなかったです。でも京極なので、難しく言葉にできないはずの禅を、ちゃんとうまいこと言葉に落としこんでいるわけですが…。

そうですなぁ。京極を読んだことでわりと世界観が変わったりすることがあると思うんですね。京極のミステリー世界を支えている世界観ってミステリー界ではすごく斬新でしたし、ミステリーって枠を飛び越えて読者に影響を与えた部分があるんじゃないかと。でも、その辺りの世界観は私にとってはある種の衝撃ではありましたし、すごく共感できる内容だったんですけど、影響というのは受けなかったんです。むしろ、再確認に近かったので。

でも、鉄鼠で京極が表現した禅の世界みたいなのは、目から鱗が落ちる感じがあったんですよね。そういうものなんですか…そういう世界があるのですか、みたいな。京極が言葉を尽くしてなお「言葉にできないものを掬っている、それが禅」と言わしめるものを私がこんなところで説明できるわきゃないので、私が感じたこともぜんぜんうまく説明できないんですけど(^^;;

(…もう少し整理して書いてみようと思ったりする)

「数ある宗教の形の中で、殆ど唯一、生きながらにして脳の呪縛から解き放たれようとする方法が禅なのだ。」すごいのはやっぱりこの辺ですかねぇ。

京極の文章とゆーのは、私が言葉にできないままに思っていたことをずばっと表現してくるところがあるんです(姑獲鳥の冒頭なんかは代表。私はそれをずっと「膜」と表現してきていましたが、どういう意味合いで「膜」と表現していたのかは説明できなかったんですが…要するに姑獲鳥のトリックで使われているそのままです/笑)。

でもって、前3作では私が思っていることを言葉に落としこんでくる感じだったんですが…鉄鼠で京極の語る禅の姿は私にとっては目から鱗だったわけです。あ、いや、それが本当に正しく禅なのかはとりあえずどうでもいいんです(笑)。そんなことを知りたいなら京極なんぞを読んでいないでちゃんと禅の本を読めばいいので。でも、少なくとも京極の考えている禅の世界が目から鱗だったので…大変に印象深かったです。ハイ。

そういう意味で、世界観を揺るがしてくる京極の世界(目から鱗であれ、感じていることを言葉に落としこんでくるのであれ、ある種の衝撃であることは確か)とゆーのは、鉄鼠までの4作で一種片がついた感じがしますね。

2001.08.11