まったく予定外だと思う。
たとえば、長い髪。細い手足、柔らかなからだ。弱くなく、意志の強そうな瞳。優しい仕草。女の好みは結構うるさかったはずなのに。
「ジタン」
今夜の宿からは少し離れた、小さな公園のベンチでぼんやりとしていたらビビが迎えに来た。陽は少し前に沈み、薄闇で視界が悪いのに駆け寄ってくる。とことこと手を振って、名前を呼びながら。そんなに慌てなくても逃げたりしないから。落ち着いて歩かないと、お前、また。
「…うわっ」
「……セーフ」
足元の石に躓いて、顔面から地面に突っ込みそうだったビビの体を抱きとめる。抱きとめた腕にはあまり衝撃は伝わらず、改めてビビの小ささを実感した。こんなに小さいんだ、まだ。
それなのに。
「…ありがと、ジタン」
腕の中で、顔を上げてビビが小さく呟いた。
俺を見上げて、安心しきった顔で笑う。その顔、好きだな。
「気をつけて走んないと。お前すぐこけるんだから」
「…最近はそんなに転ばないもん」
少し頬を膨らませた顔が可愛くて、離れようとしたビビを捕まえて膝の上に抱き上げた。やっぱり軽い。
「…ジタン?どしたの?」
「お前、軽いな。ちゃんと飯食ってるか?」
「……あ!そうだよ!ご飯!もう夕ご飯だから呼びに来たんだよ。帰ろう?みんな待ってるよ」
ここまで来た用事を今頃思い出して、ビビが慌てて膝の上から降りようとする。
待てって。
もうちょっと、ここにいようよ。
きゅ。
離れようとしたビビの手をつかんで、また抱き上げた。
この小さな体。少し高い体温。一瞬戸惑ってから、そっと俺の腕に触れる手袋の感触。
「ジタン?」
呼ぶ声は少し戸惑っているのか遠慮がちで。
少し体を離して、ビビの顔を覗き込むと金色の瞳がじっと俺の顔を見つめていて。
今は穏やかな色のこの瞳が、深い琥珀色に光る瞬間を知っている。
感情が高ぶった時に、時折見せるそれはまるで、
美しい、宝石のよう。
「…予定外だよなぁ…」
呟いた俺に、ビビが不思議そうに首をかしげた。
「なにが?僕はこうしてることが予定外だよー…早く帰らないと、ご飯なくなっちゃうー…」
ぶつぶつと文句を言いながら、それでもおとなしく腕の中に納まっている。ふと頭をことんと、ぶかぶかの帽子ごと俺の肩に預けた。
その仕草が心を許しているようで、とても嬉しいけれど。
「…じゃ、クイナが夕飯食べつくす前に帰るか」
そっと、抱き上げていたビビの体を地面に下ろした。心地よい重みを手放すのは少し惜しいけど、仕方ない。
「うん。早く帰ろ?お腹空いちゃったよ」
早く、と俺の手をひっぱりながら宿に向かって歩き出した。時折振り返って、俺の顔を見上げては嬉しそうに笑う。
その瞳は、あの宝石のような琥珀とは違うけれど
また違う、柔らかな美しさで。
「…ほんとに予定外」
まさか、これに捕まるなんてな。
先を歩く小さな背中を見ながら、俺は小さく微笑んだ。