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「HUNTER×HUNTER」妄想トーク 4

とゆーわけで、団長とヒソカの違いです。

ヒソカは完全に快楽殺人者ですよね。そして、彼の目的は「彼にとっておいしい人(ヒソカ言うところの「青い果実」)を見つけ、それと戦って殺すこと」これに尽きております。これだけ見ると、彼は完全に快楽重視の殺人者であり、ヒソカこそ倫理を持たないお子様であるという結論にもなりかねないわけですが、私の見るところ、ヒソカはそうではありません。ヒソカは倫理にまったく縛られていませんし、頓着もしませんが、実は倫理を知り理解している人だと思います。そして理解したうえでそれを足蹴にする破壊者なんだと思いますです。

つまり快楽殺人者という言葉で想像できるような本能のみで動く人とは対極にいるのが、実はヒソカです。彼は、本能的な快楽を知っている反面、倫理を知り、社会の規範を知ったうえで、快楽を選んで倫理や社会を足蹴にすることを、自らの意志をもって志し実践している人なんだと思うからです。だからこそ、ヒソカは強い。本当の快楽殺人者が本能のままに動いたら、自ら墓穴を掘るようなシーンでも、彼は意志をもって快楽を選んでいるので、危機があれば自己を律することができてしまう人なのです。だから快楽殺人者であることは絶対否定しませんが(できるわけがない/笑)、その言葉で思うような本能のカタマリではないというのが私のヒソカ観です。実は。

ひるがえって団長。団長が快楽殺人者なのではないか?というイメージは主に11巻のインドアフィッシュ殺人&シルバ・ゼノとの戦いシーンにて具現してますね。つまり私が好きになったクロロこそが、快楽殺人者たるイメージなわけです。これは私は正直、否定し切れません。ただ、前述のヒソカとは違うのだ、とはいえる。

団長はシルバ・ゼノと戦っていたとき、間違いなく楽しんでいました。それは冷静な状況分析とは乖離した楽しみだったと思います。状況分析とも乖離しているわけだから、「危険だから、ぞくぞくわくわくする(=ゴン&多分ヒソカ)」というような戦いの愉しみ方ともちょっと違った。多分、あのとき、団長は、ゼノじいちゃんと戦ってあわよくば生け捕りにできないかなーと遊んでいただけなのです。遊んでいるのだから、楽しかったのです。危険だったのは知っていたけれども、それとは別に団長は楽しかったのでしょう。

そこには理屈も倫理も、さらに言えば本能でもないわけです。団長は何度も言いますが、冷静に状況分析ができる人です。ところがそのまっとうな状況分析に、彼の感情がまったく連動していない。アブナイと頭ではわかっているのに、彼はそのアブナイとはまったく関係ない部分で遊んでいるのです。私が見たお子様団長というのはこの部分です。理屈も倫理も最初から関係なく遊んでいるひと。それは本能的な快楽ともまた違うと思います。子どもが遊ぶのは快楽を得るためじゃないですよね。単に遊びたいから遊んでるだけですよね。理屈も倫理も本能も快楽も関係ない、ただの遊び。ただ「ゼノじいちゃんを生け捕りにしてみたいなー」という遊びを見つけたから楽しかっただけ。私は11巻のクロロをそんなふうに見ちゃったわけです(笑)。

ヒソカとはだから、似通っているけれども、違うわけです。ヒソカは快楽を得るために殺人を犯す。そしてそのために倫理を足蹴にすることを自らの意志で実践している。クロロは倫理も快楽も最初から関係なく、ただ、子どものように遊びたいから遊ぶだけです。そこには目的(ヒソカの場合なら快楽を得る)がそもそもありません。

ヒソカは破壊者です。善悪を知り、光と影を知り、自らの意志で影に棲む者です。でもクロロの場合は、子どもですから……子どもには光も影もありません。どちらを選ぶのでもなく、ただ遊ぶのみです。

とゆーのが、私のクロロ願望のいちばんの核です(笑)。これをカリスマと見るかどーかは人それぞれでしょうね…(^^;;でも私は、この子どもみたいな純粋さというのにはものすごく弱いのです。「始めはただ欲しかった」。この「ただ、欲しい」というのに、ものすごく弱いのです私。それはいちばん根源的で純粋な欲求です。子どもだけが持てる、純粋だけれどもある意味ですごく危険な、欲求です。クロロはとても危険でしょう。彼は楽しければ、盗みも殺しもサシで闘ることも、慈善活動(笑)も、なんでもおっけぇなんですから。でも私はそういうお子様的純粋さを持ったひとにころっとやられるくせがあるのです…。それが決して正しくもなければ誉められたことでもないと知っていても…(^^;;

まだ続く!(笑)このあとは相当ヤバ話に突入する予感…(笑)。→「妄想トーク5」

2001.4.20

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