二度目がいまだ見れず
2005.07.17(Sun)
なんだかいろいろ考えてしまうんですよ。ぐるぐると。でも、一回見たっきりだから、その記憶だけで一人ぐるぐると考えまくると、多分思い込みで記憶が曲がっていってしまうと思うんですよ。とゆーわけで、見返しながら考えたいと思ってるんですが…なかなか勇気が…。
亡くなられることはもう最初から…変な話、新選組を見る前から知ってたわけじゃないですか。脱走から切腹に至ることだって知ってた。この回が屈指の名作だという話も聞いていた。
でも、見たら思ってたのと話が全然違ったんです。
いままでの流れから、脱走をしてしまった山南さんは切腹しかない、山南さんは覚悟を決めている(これは山南さんのそれまでのキャラからの推測。それと沖田くんを自ら呼び止めてしまうシーンの存在も知っていたので)、そして近藤さん土方さんは法度と情の板ばさみになり苦しむが、どうしようもない…みたいな話だと思ってたの。そこの板ばさみの苦しさと、山南さんが、この話の中心なんだろうと。したら、違ったんです。近藤さんも土方さんも誰も彼もが山南さんを助けようとしてたんですよ。気持ちだけの問題じゃなくて、信じられないことに、みんな助けるためのなんらかの行動を起こしてたの。みんな明確に助けることを選択してたの(土方さんですら、人知れず協力してしまっていた)。なのに、山南さんがその全てを拒絶して、そして死んでいく話だったの。そんな…そんな話だったのかよ!! なんだよこの話、想像していた話よりも百倍痛いじゃないか!! みたいな。それで、すんごい取り乱してるんですよね。はっきり言って混乱してますよ。
人が亡くなったときって、残された人って絶対気持ちの整理をつけないといられないと思うんですよ。「ああ、きっとこういう意味があって」とか「この人はこうこうだから満足だろう」とか「この人はきっとこういうことを言いたかっただろう」とかとにかく自分のなかである種の言い訳を見つけないと多分やっていけないと思うんです。それで、私が思っていた話だったら多分決着つけやすかったんです。だって、どうしようもない死じゃないですか。そして、山南さんも覚悟を決めている。
でも、どうしようもない死じゃなかった。ひたすら死に向かっていたのは山南さん本人だけだった。誰もが山南さんを生に向かわせようとしていたのに。
そして、もうひとつ。というか、これが多分最大の問題なんですが…視聴者はこのあとを知ってるんですよ…!この話、どう受け止めたらいいの…!(号泣)
……もうね…本当、三谷幸喜が鬼のように思えました…。この鬼の脚本を書けるのって…三谷さんすごいなぁ…。さらに、脚本家って、お話作る人って、すごいことをするんだなぁ…みたいな。神だよ。マジで。